2008年04月14日

引っ越しました。

だいぶお休みしました。

心機一転、引っ越しました。

引っ越し先はこちらです。
こちらにもまた来ていただけると、うれしいです。。

「なにも持たずに」


ブログ名もちょっと変更・・・
posted by るちる at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

新年は梅の花(日記)

年が明けて、はじめてのお華のお稽古に
梅の木が届きました。

梅は生けるときには
形をいじらず、そのままの姿で活けるのがよろしいそうです。

わたしは草月流なので、(草月はわりと前衛的。)
普段は目新しい形、おもしろい形を求めて造形をしていて
自然の形そのままに、ということは少ないのですが
梅の木は、やはりそのままに。

桃の木もやはり「そのまま活けよ」といいますが
桃の木は「生まれたまま」というか、その生命力ゆえの「そのまま」なのですが、
(以前の記事「桃の長い長い時間」

それに対して、梅の木は
「格」が高いから、というふうに言います。
たとえ一枝であっても、品位とか格というものを備えているのです。
ですから、活ける私たちが、
梅の持つ品格を貶めてはならないのですね。

しかし。。^^;・・・梅の花を活けるだけの力も技術もないかも〜

13UME.JPG



梅花の感じは、気品の感じである。
 気品は一の芳香である。・・・薄すらと霧こめた未明の微光に、
或は淋しい冬日の明るみに、或は佗びしい夕の靄に、或は冷々とした夜気に、
仄かに織り込まれて、捉え難く触れ難く、
ただ脈々と漂ってる、一種独特の梅花の香は、俗塵を絶した気品の香である。

・・・気品はまた、一の凛乎たる気魄である。
衆に媚びず、孤独を恐れず、自己の力によって自ら立ち、
驕らず卑下せず、霜雪の寒にも自若として、己自身に微笑みかくる、
揺ぎなき気魄である。・・・ただあるがままに満ち足って、空疎を知らず、漲溢を知らず、
恐るることなく、蔑むことなき、清爽たる気魄である。

・・・霜雪の寒さを凌ぎ、自らの力で花を開き、春に魁けして微笑み、
而も驕ることなく、卑下することなく、爛漫たる賑かさもなく、
荒凉たる淋しさもなく、ただ静に己の分を守って、
寒空に芳香を漂わしてる姿は、まさに気品そのものの気魄である。
しみじみと梅花に見入る時、恐怖や蔑視や悲哀や歓喜など、凡て心を乱すが如き情は静まって、
ただ気高き気品の気魄に、人は自ら打たるるであろう。・・・


豊島与志雄「梅花の気品」

         40谷の雪.JPG


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2007年12月19日

二胡と気とトナカイ

先週日曜日、二胡教室の演奏会が終わりました〜

発表会.bmp

9人で合奏した「歌のつばさに」「シルクロードのテーマ」は
落ち着いて演奏を楽しめました。
自己採点で95点くらいです!

先生は、二胡は気で弾くのだ、とよく仰しゃいます。
「お腹の気」で弾くのだそうです。
(今の先生は、4人目で、初めての日本人の先生なのですが、
 二胡に係わってこういう「気」関係の話は初めてです。。)

二胡は左手で二胡棹をもち弦を押さえ、右手で弓を持つのですが、
演奏するとき、弓を右にすっと引くと
二胡棹と右腕と二胡弓で三角形ができます。(上の演奏写真参照)
この三角形に、その「気」を充満させるのだそうです。

お話としてはわかるのですが
いまいち。その「気」を体感できなかったのです。
でも今回の演奏会で初めて、それを感じることができて
うれしかったです。

この演奏会では、たまたま真中になったのですが
この位置だと、9人の二胡の「音」と「エネルギー」が
集まってくる中心軸
になるのですね。
まるで、激しく渦を巻いて流れ込んでくる水の
その中心点になったような感覚でした。


そして自分からもあふれ出てくる「気」。
ああ、これを二胡と自分自身の作り出す空間に集めて
「音」にするんだな、って思いました。


さて「夜来香」ですが。
これはう〜ん、自己採点で40点くらいか・・・?(;ー;)
この曲は、いまの私たちの実力よりちょっと難しい曲なんですよね。
先生は、せっかくだからチャレンジしよう、と毎回言うのですが、
いつも「ちょっと上の選曲」で緊張して失敗、の繰り返しなので
演奏会=失敗みたいな刷り込みができそうでイヤですねえ・・・



今回は、JAZZ系教室との合同演奏会だったので、
第2部はJAZZ!
自分の出番は終わって、ただ〜聞いてるだけって楽しい〜
ボーカルやサックスのクリスマスソングで
会場はいっきに盛り上がってクリスマスムード。

サンタガールズとトナカイ先生。演奏曲は「テキーラ」

SantaGirls.JPG



それでは皆様、メリークリスマス!tonakai6.bmp
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2007年12月14日

二胡と気と夜来香

明後日の日曜日、二胡教室の演奏会(てか発表会)なのですよ。

わたしは、二胡を弾くときだけ。ものすごくあがってしまうです。
先回記事「二胡弾き」(ココをクリック)のような、二胡教室内の発表でもすっごいあがってしまったのに
お客様もいらっしゃる今回はいったいどうなることか。
特に今回は、私のメインの演目が4人での「夜来香」という曲の重奏なので、
私がコケたらメンバーのみんなに迷惑がかかっちゃうよ〜(泣)
と、ずっと心配に煽られるように練習してきたのだけれど
この前、二胡を持って入退場する順番や立ち位置の打合せをしていたら、
あ〜なんか・・・すでに緊張!!あがってる!!

・・・・うわ。自分って・・・・・。
と自己嫌悪におちいりながら
ふと気がつきました。
なんか。胃のあたりが重い・・・・特に胃の調子は悪くはないのに。
そして、おへその下のあたりが、なんかふわふわしてる・・・・
いつもはおへその下(つまり丹田)あたりにおさまっている
なにかボールのような塊がぐぐーっともち上がってきてるのですね。


・・・これのせいか!だから「あがる」っていうのか!

それからは、この気のボールがあがってこないように
一生懸命押さえつけていると
わりといつもどおりに、落ち着いて演奏できるのです!

うれしい。でも演奏しながら気を押さえているのって難しい・・・
まだ不安ですが、少し気が楽になりました。



今回の悩みのモトだよ「夜来香(イェライシャン)」

夜来香.jpg

夜になると香りだす花だそうです。(昼間も花は開いているのですが)
その香りは強く、クセがあり、妖艶。



でも、歌詞では「イェイライシャン♪白い花」と歌われているのに
この花は黄〜オレンジの色合い。

実は「夜来香」と呼ばれる花は3種あり、

ひとつは夜香花(Cestrum nocturum)。(夜香木とも)
白く細い花の房をもち、昼間はしおれ夜になると開き、強く香ります。
シャネルbTのような強烈な芳香、だそうです。
夜香花.jpg

もひとつは、月下香と呼ばれるチューベロース(Polianthes tuberosa)
やはり夜に香る花です。ジャスミンよりやわらかい感じの香り。
80月下香.JPG

形の「夜来香」はこっちかな?

今回の「夜来香」は、先生によると
「after5になると急に元気になって、きれいにおしゃれして夜の街に飛び出す
カワイイ女のコって感じでね♡♡」

ってコトで、かなりのアップテンポで弾むようにひくことになってます。

このスピードがクセモノ。
遅れないように弾かなくちゃ!早く!早く!と
伴奏より早く弾く人とか〜いたりして〜(私じゃありませぬ。)
その人に引っ張られちゃったりする人、
伴奏に合わせようと努力する人、
ときどき曲がぐっちゃぐちゃに。
明後日の演奏会ははたして・・・?


李香蘭こと山口淑子の「夜来香」が試聴できます。(17番目)
http://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A005155/-.html
posted by るちる at 15:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

紅葉の三峯・白い犬

11月の初め頃、紅葉を期待して、三峯神社を再訪しました。
(三峯神社については記事「三峯神社1〜4」で。)

途中で寄った紅葉の名所、中津峡。でもまだまだって感じでした。
この頃はまだけっこう暑かったんですよね。
18中津峡.JPG

三峯神社入り口。紅葉、黄葉が立ちまじって、とてもきれいでした。
21三峯紅葉01.JPG

今回、やっと近宮見つけたんです。
すっごく近いところにアッタ・・・早く人に聞けばヨカッタ(T_T)
                     15三峯近宮鳥居.JPG

遠宮は、諸国に貸し出されている御眷属をおまつりするところ、
近宮は、神社の中で働く御眷属をお祀りしているところ。だそうです。
20三峯近宮.JPG

(遠宮については以前の記事「遠宮の光球」で。)

今回は参籠しましたよ。18夜景.JPG
ちょうど「紅葉まつり」の最終日で、境内はライトアップ中。




翌朝、 御祈祷していただきました。
やっぱりこういうのは朝が一番ですね。清々しいです。

「独特の」と言われる三峯の祝詞を聞くことができました。
これって、これって・・・「読経」の節回し・・・だよね?


三峯神社は、江戸時代は「観音院高雲寺」でした。本社が三峯大権現で本地は十一面観音。
神社と寺はひとつになって信仰の対象となっていて、これらを総称して「山」と呼ばれました。
これがいわゆる「神仏習合」だったわけです。
この「山」は仏式で運営され、神前で祝詞やお経を読むのも僧侶でした。
「三峯山」のこういう歴史が、いまでも祝詞のなかに響いているんですねぇ・・・


21三峯朝空.JPG


以前いった拝み屋さんのレクチャーでは、
「祝詞」と「経」はまったくちがった発声を用いるべきである、という話だったので
そういうものかと思っていたのですが、
今回の、いわば中間的な発声での祝詞に力がないかというと?全然そんなことはなかったので、やっぱりヒトの話を鵜呑みにしちゃいけないな、と思いました。
これについては、またいろいろ調査考察してみたいです。

           20三峯紅葉03.JPG


S山でも思うのですが、参籠というのは良いですね。
その神仏に、近く親密になれるような気がします。
三峯には今回で3回目ですが、そこで眠って、朝の祈祷に参加したせいか?
やっと今回、「あー・・・なんか。通じた。」って感じがしました。
三顧の礼とゆうか。片思いの人にやっと振り向いてもらえたような。笑。

帰りのバスの中で、揺られながら眠ってしまって、鮮明な夢をみました。
といってもストーリーがあるわけではなく
ある場面だけをずっと、見ていたのですが。

そこは、なにか、農家の裏側のような所で。
曇ってちょっと小雨が降っていて、薄暗いのですが
家の裏の壁にトタンのひさしをつけて、そのひさしを支えるように両側に壁(やはりトタン)がつくられ、
農機具とかの置き場になっていています。
すぐ横は小型トラックか何かおいてあってやはり屋根が半分くらいかかっていて。

見たこともないような場所なのに、やけにリアルでした。
そんな、なんとも「日常的」な場所に
すごく大きい、真っ白な日本犬が、きちんと座ってこちらをじっと見てるのです。

ただそれだけ。
それだけの場面を延々と見てました。
こぬか雨の細かい粒が、犬の毛の先にちょっとだけ
水滴になってついていました。




21三峯紅葉02.JPG
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2007年11月26日

とちの木を守る人〜S山

前回記事「北参道とご神木〜S山」から続き
               
                13トリカブト.JPG

すれちがうとき、お互いに挨拶をするのは山道の常識ですが、
このときはどういうわけか、挨拶だけでなくいつのまにか話が弾み、
坂道の途中で二人して立ったまま、荷物もしょったまま
ずうっと話しこんでしまいました。

その方、Iさんは、さっき大とちの木があったところ、
安住坊の管理をなさっている方だったのです。
管理といっても、お寺に委託されているわけではなく、篤志で。
週に何日か泊まりがけでいらっしゃっているそうです。

ふだんは東京で、TV番組制作の関係の会社を経営されているそうで、
とてもスマートで、都会的な感じの方です。
ご出身は北海道だそうで、S山の坊のひとつを管理することになるとは
思ってみても不思議なことで
でも、これもご縁というものかもしれませんね、と仰っていました。

古くなってかなり朽ちていた安住坊の小屋を建て直すために
建材を一本、一本、背負って登って、ご自分で立て直し、
離れた山腹の水源から飲み水をずっと引いてきて、
ここを通って上り下りする参拝の方達にお茶をふるまっていらっしゃるそうです。。


安住坊のIさん。許可をもらって掲載。
17Iさん.JPG


そのときも、「今回は良いお茶を持って来たんですよ。」といって
「ごちそうするから、ちょっと戻りましょうよ。」と、繰り返し誘っていただいて。

・・また登りなんてトンデモないっす〜へろへろっす〜・・・とか思ってたのですが
山の水で入れると、凄くおいしいんですよ〜」という言葉につられ
おいしい抹茶が飲みたい一心でまた登ることに。
Iさん、お誘い上手です・・・^―^;

一緒に登りながら大とちの木の話になりました。
あの木を見たとき、「人間の体」を感じたんだ、という話をすると、
「あの木は、「健康」を守ってくれる木なんですよ。」と仰ったので驚きました。
何年も皮膚病で苦しんでいた人が、あの木に病気が治るように願をかけたら
なんと1ヶ月ですっかり治ってしまったそうなんです。
その方は感謝のしるしとして、大とちの木の根元に、水神さまのお社を喜捨されたそうです。

「あのとちの木は、ものすごい量の水を吸い上げていてね、
 木の幹に耳をあてると、水を吸い上げてる音がよく聞こえるんだよ。
 まず、あの木に両手で抱きついて、木のいのちを感じてみてね。」


そういわれたので、お茶を入れてくださってるあいだに
木のところに行って、両手を拡げて、耳を幹にくっつけてみました。
「・・・・・」
あれ・・・?何にも聞こえません・・・・?あれ???
とりあえず、Iさんから教わったやり方で、願をかけてみました。
木にお願いしてから、木の周りをある回数、廻るのですが、
巡り終わろうとしたとき、わたしの胸の中に、何かの感情がこみあげてきました。
それは「切ない」「哀しい」といったような感じのものでした。
胸に切なく哀しく響いてくる何かの想い。
目を閉じてその想いをじっと感じていると涙が浮かんできました。
病気を癒す力の木なら、元気いっぱいの明るいパワフルな感じかと
先入感を知らないうちに持っていたのですが。
「肉体を持って生きる」というのは、哀しいことなのかもしれません。

そして、涙目でちょっと鼻をぐずぐず言わせながら
もういちど幹に耳を押し当ててみると、
・・・ああ、遥か遠くで水の音がしています・・・・
それは、ずっと遠い、たとえば地下深くに流れる川の音を聞くような感じ。
でも、「流れ」なんて悠長な音ではなくて
ざーっという激しい音をたてながら
ものすごい速さで、ものすごい量の水が流れていくのが聞こえます。
これがとちの木が水を吸い上げている音なら
どれほど大量の水を吸い上げているのか、ちょっと想像できないくらいです

20totinoki.JPG

「水の音、すごいですね・・・・!!」
すごいでしょう。だからね、いつも来ると、あの木の周りにヤカンで何杯も
水をかけてやってるんだよ。

「でも、あなたは聞こえる人なんだね。聞こえない人もいるんだよね。
・・・聞こえてヨカッタです〜。 ^^;

もう帰り道で、急ぐ用事もなかったので、
Iさんや、安住坊に寄っていらっしゃる皆さんとお話しながら
結局何時間も腰をおちつけてしまいました。
S山ならではの不思議な話をいっぱい聞いたりして。
もうなんかすごく居心地がいいんですよ〜

そして、夕方、ちょうど降りてきた方にIさんが頼んでくださったので、
身延まで同乗させていただいて、とってもスムーズに帰ることができました。

S山のご縁って絶妙に素晴らしい。と思った今回の参拝登山でした。

御抹茶とおもてなし。豪勢です。

17御抹茶.JPG
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2007年11月21日

北参道とご神木〜S山

(前回記事「大櫟(いちい)・無音の音」から続き)


S山には、2つ登攀路があります。表参道と北参道。
今回は、ふと思いついて(コレ多いですが、なるべくふと思いついたことをするようにしているので。)
北参道のほうから下山してみることにしました。

こっちに行くのははじめて。
「北参道は険しくて長いからヤメトケ。」といろんな人から
何度も言われていたので、行こうなんてこの日まで思ってもみませんでした。

S山の尾根伝いを行く道で、山の北側になるので、北参道。
開山の日朗上人一行は、道などなかったS山に、この尾根伝いに分け入ったそうです。

この日は素晴らしいお天気で、まぶしい日差し。暑いくらいです。
ずっと木陰の道を行く北参道で大正解でした。
日光に透きとおる木々の葉の緑があまりにも美しく、
うっとりしながら歩きました。

そしてこんな富士山のビューポイント!明浄坊です。

25ススキと富士山.JPG


木漏れ日のちらちらする道をどんどんと降りていくと、
S山のもうひとつのご神木、「大とちの木」に会いました。
会いました、というのは間違って使ってるワケじゃありません。
とちの木は、どういうわけか私には「人間」としか見えなかったからです。
人間の肉体を持ってそこに在るとしか思えなかったのです。


25とち001.JPG

こんな木に出会ったのは生まれて初めてです。

大とちの木があるのは、安住坊という北参道のお寺で、休憩所になっています。
しばらくぼーっと、とちの木に見とれていましたが
がやがやと賑やかな一団が登ってきてお弁当を食べ出したので、
出発することに。

2丁ほども降りたところ、ちょうど道がぐぐっと曲がっているところで
下からひとりで登ってくる方に会いました。(つづく〜)



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2007年11月15日

大櫟(いちい)・無音の音〜S山

(前回記事「沛雨の参拝登山〜S山」から続き)


翌朝。昨夜の雨に何もかも洗われたような朝。
秋の空気は冷涼。清々しく、なにもかもがきらきらしていました。

S山奥の院の影嚮石(ようごうせき)。
永仁五年(1292)9月19日、S山開山、日朗上人が山頂にたどり着いたとき、
七面天女様がこの石の上に姿を顕されたそうです。


20ようごう石.JPG

石の前に丸い光が浮かんで見えます。
太陽光が入ったのだろうとは思うのですが、実は最近、神社の写真を撮ると
よく、社殿の前にこういった丸い光が浮かんで写っているのです。
偶然なのかな??

この石に願をかける昔からの願掛けのやり方があるそうなんですよ。
教えてもらったので、次回やってみようと思ってます。


特にあとの予定はなかったので、ふっと思いついて
S山の山神がやどるというご神木の大櫟(いちい)を見に行くことに。

奥之院から笹藪のなかを
ひとひとりほどの小道がずっと斜面を下っていきます。
昨夜の雨が笹に残って、一面日差しにきらめいていました。
30分ほども歩いたころ、突然、開けた場所に出ました。
17いちい前.JPG

なんて気持ちの良い波動の場!
びっくりしました。
苔むした倒木や秋の香りのする地面が太陽に暖められて
昨日の雨が水蒸気になってたちのぼり
白い靄(もや)となり、周りをうっすらとぼかしています。
靄の中に木々の間から
日差しがはっきりしたすじになってさしこんできます。

そして頭上の方から、かすかに
鉄琴のような小さな鐘のような、高い金属的な小さな音が、
降るように聞こえてくるような。
気がしてなりません。
耳鳴りだろうか?と思いながら歩いていくと
その場所のさらに奥のほうに、ご神木、大櫟(いちい)が立っていました。

20大いちい.JPG

櫟の大樹はすっくりと立っていました。
まっすぐで端正で、「精神性」といったものを感じさせる木だと思いました。


ご神木の前のお社の屋根に積もった落ち葉を片付けたり、
お水を取り替えたりして、手を合わせました。
目を閉じて頭を垂れていると、ふと
大櫟の周囲の空気が、とても早く細かく、
そしてかすかに、かすかに、振動しているのを感じました。


それは音とよぶには、細かすぎ、早すぎて
その震えが、もうほんのちょっと大きければ
「音」として聞き取れそうなのに
聞き取れそうなのに、耳を澄ませばすますほど
遠ざかっていくような・・・

木を見上げてこれは無音の響き・・・

と思いました。

       17大いちい2.JPG

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2007年11月08日

沛雨の参拝登山〜S山

(前回記事「不思議な鈴音〜S山」から続き)

登っているうちに、雨がさらに強くなってきました。
レインウェアの上下と、リュックのカバーは用意していったので
顔や手が濡れるだけなのですが
ずっと雨にうたれていると、やっぱりきびしいですね。
気力がなくなります。

S山にひとりで登ると、自分自身と向き合うことになるように思います。
先回は、「怒り」の感情がよみがえって。そりゃむくむくと。
怒りながら登り、怒りながら降りました。
自分がある出来事に対して
どれほど怒っていたかということがよくわかりました。
自分のなかの怒りを認識することができて、
やっとその怒りを、
今はある程度手放すことができたと思っています。

今回は「悲しみ」でした。
現在のところ、毎日の生活にあって、
そんな悲しむようなことはないのですけど。
(心配や悩み事はもちろんありますが)
それなのに「悲しみの感情」が、胸にせきあげてくるのです。
対象や原因不明の、「感情」だけが
まるで海の満ち潮のように。とどめようもなく。
これまで生きてきて、自分の裡に積み重なっていった「悲しみ」が
噴き出してきたような気がしました。


登攀路の30丁を越えたあたりから、
降りやまない冷たい雨とおちはじめた夕闇と
そしてその、圧倒的な「悲しみの感情」に打ちのめされて、
大声で泣きだしてしまい、
子供のように手放しで泣きながら、
それでも登りました。

自分がどんな状態であれ、
止まっていてもどうにもならないですから。
悲しかろうとなんだろうと、とにかくここは歩かなければならない。
・・・なんだか人生のようだと思いました。

その日の山頂の一の池。
15一池その10710.JPG

このあと、なんとなくそのままもう1枚。
数秒後に同じ所を撮影してるんですが・・・・
15一池その20710.JPG



雨の中、だいぶ遅れて到着した私を、
宿坊のみなさんが、暖かく迎えてくださいました。
寒かったでしょう、と(ひたすら歩いていたので寒くはなかったのですが)
火鉢に炭をつぎたし、濡れた服を(脱いでみたらけっこう濡れてました)
乾かしてくださって、
寝るときはこれを来てなさい、といって
服まで貸してくださって。(ご住職は女性の方ですヨ)
その暖かい心に、いちばん温まりました。

その夜は、周囲に響く雨音を聞きながら眠りましたが
翌朝はすっきりと晴れ上がっていました。

その夜明けの富士。
20夜明け富士.JPG
posted by るちる at 14:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 霊山に登る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

不思議な鈴音〜S山

10月半ば、なんとか都合をつけて
S山に登ってきました。

お昼くらいから弱い雨になるという予報で、
朝からどんよりとした曇り空だったのですが
登山口に到着したお昼頃には、ときおり雲がきれて
太陽が顔をだすようなお天気になり、
すっかり安心して登りはじめたのですが。

S山の登山口にある「白糸の滝」
14白糸滝.JPG


                   「雄滝」15雄滝.JPG
ほら、けっこう良いお天気だったんです。


ところが
半分以上登ったところで、雨が落ち始め、
とても弱い雨とはいえないようになってきました。

S山の登坂参道のところどころに設けられている
屋根付きのベンチに座って降り止まぬ雨を見ていました。
まだ午後2時半くらいなのに周りが薄暗くなりかけていて
ずいぶん前から誰とも会わないし・・・・

山の中で、雨がふって、ただひとり。
でも、さびしいとか恐いとかはなくて、ただあまり現実感がないのです。
ここは降りるべきなのかなあ・・・降りるのが適切な状況判断ってやつかなあ・・・
しばらくぼぉっと座っていると、

上の方、左手のほうから
コロン・・コロン・・と鈴の音が聞こえてきました。
トレッキングの人たちがよくリュックや腰につけている熊よけの鈴の音でした。
ああ、誰か降りてくるんだ、通り過ぎるまでここにいよう、
と思って待っていると・・・

・・・・・ずっと待っているのですが、誰も降りてきません。
登攀路は、そのベンチのすぐ上でぐぐっと左に曲がっているので
上から降りてくる人の姿は、すぐ近くまで来ないと見えないというのもありますが、
こんなにはっきりと音がずっと聞こえ続けているのに、
・・・・誰も降りてきません。

変だな?と思い出したとき、その鈴の音が、
こんどは背後から聞こえてきました。
コロン・・コロン・・
背後は山の斜面で、薮だらけで道はないのです。
???
また少しすると、同じ鈴の音が、
今度はわたしの右手、下のほうから聞こえてくるようです。
???だれか登ってくる??
・・・・しばらく待ちましたが、誰も来ません。
そのうち鈴は、また最初に聞こえてきた方向、
左手の上っていく方向の道のあたりから聞こえてきます。
鈴の音だけがぐるっとわたしを一周したことになります。

やっぱり登ろう。ここまで来たんだもの。
鈴の音を聞きながら、ふとそう思って立ち上がり
歩きはじめたら、本当にぱたり、と鈴の音は止みました。

そこから山頂まで登っていく間、
上から降りてくる人にも、
あとから登ってくる人にも、
誰一人として会いませんでした。


794_1.jpgコロン・・コロン・・
posted by るちる at 10:53| Comment(2) | TrackBack(1) | 霊山に登る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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